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札幌高等裁判所 平成2年(ネ)316号 判決

控訴人

田村増男

右訴訟代理人弁護士

武部悟

小田勝

高橋剛

廣川清英

山崎俊彦

矢野修

被控訴人

日本コープ株式会社

右代表者代表取締役

笹岡正彦

右訴訟代理人弁護士

池内精一

主文

原判決を取り消す。

被控訴人は、控訴人に対し、金七八〇万円及びこれに対する昭和六二年四月一二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

主文同旨の判決

第二事案の概要

当事者間に争いがない事実と争点は、原判決「事実及び理由」の「第二事案の概要」欄記載のとおりであるから、これを引用する。

なお、以下において、ニューヨーク・コーヒー・砂糖・ココア取引所を単に「ニューヨーク取引所」といい、同取引所において取引されるコーヒー豆(海外商品市場における先物取引の受託等に関する法律施行令によって同法の適用を受けるものとされた商品)を単に「ニューヨーク・コーヒー」という。

第三証拠関係〈省略〉

第四争点に対する判断

一争点1(被控訴人の違法行為の有無)について

1  証拠(〈書証番号略〉)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、〈書証番号略〉の各記載中、この認定に反する部分は採用することができず、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。

(一) 橋本浩一は、昭和五七年五月から豊田商事株式会社に勤務し、昭和五九年一月にその営業本部統括部長の地位に就いたが、同年八月二一日、金融先物取引等を目的とする日本アイビー株式会社(以下単に「日本アイビー」という。)を設立してその代表取締役に就任した。ところが、昭和六〇年六月頃いわゆる豊田商事事件が発覚し、その幹部であった橋本にも疑惑が及ぶようになり、日本アイビーも豊田商事株式会社と同様のいかがわしい会社であるとの風評が立ち、従業員の退職、顧客からの保証金の返還要求が相次いだ。そこで、橋本らはこれらの風評から経営を防御する目的で日本アイビーを三分割して新会社を発足させたが、そのうち北海道方面の営業を引き継いで設立されたのが、被控訴人であった。被控訴人は、そのため、日本アイビーの債務のうち一億円を超える分を引き受けた。

被控訴人は、本店こそ東京都新宿区に置いているものの、設立当初の一時期を除き、代表取締役である笹岡正彦、取締役の川畑裕及び三田規之の三人も札幌市に常駐し、被控訴人の活動はもっぱら北海道方面に限られていた。

(二) 被控訴人は、昭和六一年三月頃以降、ニューヨーク・コーヒーの海外先物取引の媒介、取次以外にはほとんど収入を得る経済活動をしていなかったが、その取引の媒介、取次による手数料収入は、一か月平均で一〇〇〇万円には及ばなかった。しかし、取引に入る顧客から被控訴人に預託される委託保証金の総額は、一か月平均で数千万円に達していた。

これに対し、被控訴人の経費は、三〇名を超える従業員に支払う給与、事務所の賃料等の経常経費が月額約二〇〇〇万円にのぼり、更に顧客から一定額以上の委託保証金の預託を受けた従業員に支払われる歩合給が月額約三〇〇万円にも達し、また日本アイビーから引き継いだ債務の支払も月々されていたが、手数料収入によってはとうていこれらの経費及び債務の支払はまかなうことはできなかった。当然のことのように顧客から預託を受けた委託保証金が運用もされないままそれらの支払の原資に当てられ、同種事業所の従業員に比し高額の従業員給与等の支払にも遅滞が生ずることもなかった。その収支状況は、当然代表取締役の笹岡に知られていたばかりでなく、他の取締役、営業担当従業員にも知悉されていた。

このようにして顧客から預託された委託保証金が濫費された結果、昭和六一年一一月二八日被控訴人が強制捜査の対象とされた頃には、被控訴人の顧客に対する委託保証金債務の合計は一億円近くにのぼったのに対し、費消されずに被控訴人に保留された委託保証金はわずかに約五〇〇万円程度のみであった。

(三) 被控訴人においては、ニューヨーク・コーヒーの海外先物取引の開始に当たり、香港所在のゴールドストック・コモディテイ(香港)・リミィティッド(以下単に「ゴールドストック香港」という。)と契約書を交わして、顧客からニューヨーク・コーヒーの先物取引の注文を受けたときにその注文をニューヨーク取引所において執行する方法として、次のような系列の取次態勢を一応整えた。

すなわち、被控訴人は、自己を取引の発注者として、ゴールドストック香港に先物取引の注文の取次を委託する。右注文は、同社からカナダ国トロント市所在のゴールドストック・コモディティ(トロント)・リミティッド(以下単に「ゴールドストックトロント」という。)、同市所在のレフコ・フューチャー・リミティッドを順次経由して、アメリカ合衆国ニューヨーク市所在のニューヨーク取引所の正会員であるレフコ・インコーポレーティッドに取り次がれて、ニューヨーク取引所において執行される。その注文に基づく売買がされると、売買の結果は、レフコ・インコーポレーティッドから右の系列とちょうど逆の系列を経て、被控訴人に報告される。

ところが、被控訴人の代表者も担当者も、ゴールドストック香港と右の契約をした際、同社以降の会社に問い合わせるなどしてその態勢が整備されているかについて関心を払うことは一切せず、そればかりか、ゴールドストック香港とすら直接又は電話で交渉をしたことはなかった。仲立ちをした神戸市所在の紀栄貿易株式会社(以下「紀栄」という。)からもたらされた契約書に、その細部について検討しないまま、笹岡が被控訴人代表者として署名して契約を締結したにすぎなかった。

被控訴人においては、会社設立当時からゴールドストック香港等に取引の委託保証金を送ることは全く予定しておらず、そのために、被控訴人は、顧客との取引がされてゴールドストック香港に注文を取り次ぐ場合にも、注文を各限月毎に総計し、反対建玉は差引き勘定をしたうえ、残った建玉に対応する反対建玉を自社玉として注文する扱いをしていた。

(四) 被控訴人においては、ゴールドストック香港に注文が出された分についても、同社からその先の会社を経てニューヨーク取引所につながれているか、全く確認せず、誰も関心を払っていなかった。そして、ニューヨーク・コーヒーの先物商品の取扱いを始めてから、顧客の注文がゴールドストック香港に取り次がれる場合には、被控訴人は、紀栄によりその注文を受け継がせ、同社に対し、仲介手数料と称して毎月一定の日に月額約二〇万円程度を支払った。しかし、他に商品取引に伴う委託保証金、取引に伴う電話代等の経費が被控訴人から同社等の仲介者に授受されたことは全くなかった。

他方、被控訴人には外国語に堪能な取締役、従業員はおらず、少なくとも昭和六一年五月以降にはカナダ、アメリカとの郵便物のやりとり、取締役、従業員の往来は全くなかった。また、ニューヨーク取引所においては、いわゆるザラバ取引の方法が行われ、ニューヨーク・コーヒーの海外先物取引の相場も当然時々刻々に動いて行くのに、被控訴人においては、海外相場の値動きは、一日一回午前八時頃紀栄から連絡がされるのみで、時々刻々に連絡される態勢とはされておらず、また、日本時間の深夜に海外相場が急変を始めたときに顧客がそれに対応する措置をとることを考えたとしても、被控訴人にはそれに対応する態勢は全く整えられていなかった。

(五) 被控訴人においては、不特定の学校の同窓会名簿を入手し、その名簿に登載された者に対し無差別にニューヨーク・コーヒーの先物の取引の勧誘をしたこともあり、顧客の資力の調査をすることもなく、取引の勧誘にあたり顧客の資金力に顧慮を払うこともなかった。

(六) 被控訴人の顧客が先物商品の玉を建てたところ、相場に変動が生じて顧客に計数上の損失が生じたときは、その顧客は取引を手仕舞して損害を確定させることができるが、追証拠金を積んでその取引を維持する方法もある。被控訴人では、その際、指導と称して顧客に強力に働きかけて、従前の建玉と反対向きの玉を建てるいわゆる両建をさせ、被控訴人の手数料収入の確保することにも努力が払われていた。また、相場が顧客に有利に変動して行く場合にも、早めに手仕舞をさせてその利益の幅を低く押さえるほか、同じく指導と称して強く顧客を説得し、更に次の取引に入らせてその委託保証金に振り替えさせたため、この利益を顧客に払い渡す例はきわめて例外的にしかなかった。

2 右の認定によれば、被控訴人の代表取締役である笹岡及び被控訴人の従業員らには、当初から中間に入った取次業者に取引の委託保証金を支払う意思はなく、また、取次業者の信用、現実の取次の過程及び結果には全く関心が払われず、誰からであれまたどのような方法であれ、顧客となり得る者からより多くの委託保証金の預託されることにのみ関心が持たれ、被控訴人に預託がされるや否やすぐにその委託保証金が費消されたこと、被控訴人において企図されたところは、たとえ顧客の注文をニューヨーク取引所に取り次ぐ場合においても、委託保証金から確実に収受しうべき手数料を確保することのほか、顧客が建てた玉の差引き数と同数の相対立する自社玉を建てることを通じて、顧客に計数上の損失が生じたときは、その手仕舞による損金及び両建による手数料を自ら得る方法で委託保証金の返還債務を免れることであり、また、顧客に計数上の利益が出たときは、利幅を低く押さえさせ直ちに次の取引に引き込んで払渡しをしないまま手数料と将来の損失によりその利益を食いつぶさせて損失を生じさせる方法により結局同様委託保証金の返還債務を免れることにあり、要するに、被控訴人においては、顧客に取引による利益を取得させる余地を与えないまま、結局においてもっぱら被控訴人の内部で費消することを目的に顧客から委託保証金の預託を受けていたことが明らかである。紀栄に対する仲介手数料なるものも、のみ行為が発覚した際に刑事処分を免れる隠れ蓑とする目的で支払われていたと認めるほかはない。

そうすると、被控訴人においては、このような不当な目的をもちながら、その情を秘して顧客に対する取引の勧誘がされていたのであるから、顧客が特に被控訴人側の右の目的を認識しながらあえて取引に入るなどの特段の事実が認められない限り、営業担当従業員による顧客に対する取引勧誘行為自体が既に詐欺行為であると断定して差し支えなく、勧誘行為の全体が違法であることも否定することができない。そして、本件全証拠によっても、右の特段の事実を認めることはできない。

以上の説示に控訴人本人尋問の結果、前記引用に係る争いがない事実を総合すれば、その余の点について触れるまでもなく、被控訴人代表者、従業員は、被控訴人における不当な企図を隠し控訴人を偽罔して控訴人を取引に誘引し、取引委託保証金名下に金員を騙取しようと共謀したうえ、営業担当の従業員が事情を知らない控訴人に商品先物取引委託契約を締結させ、取引委託保証金名下に三〇〇万円、追加取引委託保証金名下に四八〇万円、合計七八〇万円を交付させて、それを騙取したものであると認めることができ、被控訴人は、代表者の不法行為については商法二六一条三項、七八条二項の準用する民法四四条一項の規定により、営業担当従業員の不法行為については民法七一五条の規定により損害賠償責任を負うことが明らかである。

二争点3(控訴人の追認の有無)について

証拠(〈書証番号略〉、控訴人本人尋問)及び弁論の全趣旨によれば、控訴人は、昭和六一年五月一日、被控訴人営業担当者の鷹松敏雄から求められて、「商いは今後共続けて下さい。」との記載のある被控訴人宛の念書を作成交付したことが認められる。

しかしながら、本件全証拠によっても、控訴人がこの念書を書いた際に、前記の被控訴人側の詐欺の企図を知っていた事実を認めることはできず、この念書の作成により控訴人が詐欺行為を追認したという余地はないというべきであり、他に控訴人が詐欺行為を追認したことを認めるべき証拠もない。

三争点4(和解の成否)について

本件全証拠によっても、控訴人が昭和六一年九月三〇日被控訴人との間で控訴人の被控訴人に対する帳尻不足金の請求債権を放棄することにより本取引に関する債権債務がないとの和解を成立させたことを認めることはできない。

第五結論

よって、控訴人の不法行為に基づき七八〇万円の損害金及びこれに対する不法行為の後である昭和六二年四月一二日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める本訴請求は全部正当として認容すべきである。

(裁判長裁判官 磯部喬 裁判官 竹江禎子 裁判官 成田喜達)

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